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石塚隆充 / Revolución[レボルシオン]
石塚隆充 / Revolución{レボルシオン}
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石塚隆充
2nd Album「Revolución[レボルシオン]」
2013.5.15 in Stores
TTCL-006 / 3,150yen(tax in.)

日本を代表するカンタオール(フラメンコ歌手)石塚隆充の
2ndアルバム「Revolución[レボルシオン]」完成!
前作「Reliquia[レリキア]」から約3年ぶりにリリースされる今作は、
日本語詞のオリジナル楽曲を中心に、アメリカ、南米の名曲から演歌まで
フラメンコに斬新にアレンジした全11曲収録。
スペイン/ヘレスでの現地ミュージシャンとのセッション、
盟友のフラメンコギタリスト、沖仁ほか、豪華ミュージシャンが多数参加。
日本フラメンコへの革命(レボルシオン)的な挑戦作。

01. ソレア・ポル・ブレリア
02. 春夏秋冬(セビジャーナス)
03. ベサメ・ムーチョ
04. ポルケ・テ・バス
05. テ・カメロ(タンゴス)
06. 津軽恋女
07. アルフォンシーナ・イ・エル・マール
08. 輝く君に
09. アメイジング・グレイス
10. 大空(ルンバ)
11. エスペランサ(タンゴス)

*参加ミュージシャン
沖仁(G), 小沼ようすけ(G), 大儀見元(Per) ,コモブチキイチロウ(B)
石塚まみ(Pf), 小林智詠(G), 香月さやか(Vl), 伊集院史朗(Palma)
Carmen Porcel(Palma), 中路英明(Tb), 佐久間勲(Tp)
Niño Jero "Periquín"(G), Juan Diego(G), Sara Salado(Cho)
El Bo(Palma),Juan Castro(Palma), Manuel Cantarote(Palma)

 
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PROFILE

日本を代表する実力派カンタオール(フラメンコ歌手)。学生時代にカンテに出会い、卒業後1998年よりスペインへ渡る。フラメンコの本場、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのサンティアゴ地区に滞在し、現地のジプシー達に学ぶ。同時期、フラメンコ・ギタリスト、沖仁とのユニット「Taka y Jin」として現地で活動開始。通算8年間ほどスペインに滞在し、現地のタブラオ(フラメンコショーの鑑賞できるレストラン)を始めフェスティバルやコンサート等へ多数出演する。日本人離れしたその声と歌唱力はスペイン人からも定評がある。2006年より日本に拠点を移し、ソロ活動を精力的に展開する他、フラメンコ界以外でも幅広い活動をしている。2009年には初のソロアルバム『Reliquia[レリキア](聖なる宝物)』をリリース。カンテに日本語を取り入れるなど今までに無かったスタイルに挑戦した。2011年12月、スペインの3都市をまわるソロ・ツアー『Taka de Tokyo al cante (タカ・デ・トーキョー・アル・カンテ) 』を行う。ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのペーニャ「ロス・セルニカロス」にてツアーを開幕。ロス・セルニカロスはフラメンコの中心地のカディス県で一番歴史のあるペーニャ(フラメンコ愛好家の集う会)で、同ペーニャで単独カンテ・ライブを行った初の外国人となった。この模様はスペインの現地テレビ、国営放送ラジオ、新聞等多くのメディアに取り上げられ、「日出ずる国のカンタオール、TAKA」と紹介され絶賛を浴びる。2012年10-11月にもアンダルシアの3都市をまわるツアー『Taka de Tokyo al cante』第2弾を実施。フラメンコのもう一つの中心地であるセビージャにて、同市で最も権威のあるペーニャ「トーレ・マカレーナ」で日本人初となるカンテのソロ公演を行った。

LINER NOTES

 誰もが親しみを込め、彼を"タカTaka"と呼ぶ。フラメンコの歌=カンテに精通する、専門の歌い手=カンタオールとして、20代半ばより日本とスペインとの間を往復しながら類稀なる技を磨き、謙虚かつ真摯な姿勢で、等身大のカンテを追求してきた。
紛れもなく日本人トップの実力を誇り、後続の若きカンテ歌いたちへ道を拓いたにも拘わらず、どうやら彼は、そこで慢心するような男ではないらしい。つねに自分は、今どこにいて、誰に向かって歌っているのかと、繰り返し問いかける。伝統フラメンコに対する最大級の敬意があればこそ、狭小な聖域には安住せず、新たな共演者との出会いを糧にライヴ実験を重ね、有効な可能性を探るべく、ずっと自らを鼓舞し続けてきたのだろう。
構想に7年、制作期間3年半を要したソロ・デビュー作、『Reliquia[レリキア]』のリリースから3年余。再びじっくり時をかけ、ようやくここに、不惑の齢を迎えたカンタオール、石塚隆充のメッセージが届いた。題して『Revolución[レボルシオン]』。
"革命"とはまた、大それた看板をと、思われるかもしれない。だが命名には、秘めた熱き意志表明が込められている。正真正銘、カンタオールとしての揺るぎない自負と、現地の空気を切り取ってそのまま日本に移植することへの疑問……に対する、ひとつの解答がここにある。
かつて彼は、国内のカンテ・ファンにぶっ飛ばされるだろうが……と前置きした上で、「日本でスペイン語のカンテを歌うことに、ときどき矛盾を感じる」と真情を漏らしていた。カンテにはアンダルシア地方の訛り、フラメンコ特有の言い回しや詩形があり、ときに現地のカロー(スペインのジプシー語)がごく自然に混在したりする。またギターやパルマ(手拍子)と交わす当意即妙のやり取りにも、土地ごとの気風が如実に現れる。
フラメンコという伝統文化に身を投じれば投じるほど、奥義を究めれば究めるほど、彼は、ストレートに日本のリスナーへ伝えるべき"言葉"の必要性を痛感したに違いない。つまり、日本語で歌い、日本独自のフラメンコを発信する理由とは、母国スペインでカンテ修行の成果を携えて勝負するのと同じ、まさしく"革命的"な挑戦なのだ。

 1973年1月13日、東京は蒲田の生まれ。父親の影響で幼い頃からクラシックギターを手にし、高校時代テレビで観たパコ・デ・ルシアに触発され、フラメンコギターを志す。その後6年間、音大で声楽を学ぶという異色のキャリアを持つ。22歳でカンテに初挑戦。97年、日本フラメンコ協会主催の新人公演で、最高位の「カンテ部門/奨励賞」を受賞。
 卒業後、フラメンコが土地の宴に息づくヘレス・デ・ラ・フロンテーラ(通称ヘレス)を目指す。約1年半のヘレス生活で、サンティアゴ地区のジプシーに多くを学び、同じく逗留中だったギタリストの沖仁と知己を得る。かくして、<Taka y Jin>コンビが誕生。
 2000年、相前後して帰国した二人は、自主制作でデビューCD『Banco de Santiago』を発表。日本でしばし足固めをしたのち、Takaは奥方の待つバルセロナへと飛ぶ。02年に再帰京し、沖仁、舞踊手の伊集院史朗、吉田光一とのユニット<クアトロカミーノ>を結成。鮮烈なステージでファンを魅了し、05年まで5度の全国ツアーを成功に導いた。
Takaはセビージャ長期滞在など、日本とスペインを往復しつつ修練と交流を重ね、帰国の度、自らの立ち位置を確認するように、共演者を変えてはライヴを企画実行していく。04年、「Yendome」(スペインに行きながら)と題するソロ・シリーズを開始。06年夏、本拠を完全に日本へ移すことを決め、<Taka y Jin>ライヴ作『Desde Tokyo』を発表した。
08〜09年、大がかりな編成に挑む「Me quedé」(日本に留まって)シリーズで、日本語カンテ、カンテ以外の実験的領域へのアプローチにも着手する。2010年、ソロ・デビュー作「Reliquia」リリース・ツアーを全国で展開。さらに、多彩な実験場の続編「ATakando」(atacando=挑戦しながら、にTakaを掛けた)、目下の最新シリーズ「ATakando nuevo」で、歌い手としての幅を格段に拡げ、フラメンコ領域外の第一線で活躍する共演者たち、新たな客層を見いだしていく。これらライヴの成果の一部が、本作に収録された。
一方で、自らのバランスを保つように、コアなファン向け、生音によるカンテとギターだけの小ライヴ「A pelo」(素のままで)も並行して開催。毎回異なるギタリストを招いては、事前に曲構成を決めず、場の雰囲気を読みながら、即興で迫真のカンテを紡ぐ。
2011年12月にはヘレス、マドリード、サンルーカルの3都市で、翌12年10〜11月にマラガ、グラナダ、セビージャの3都市で、いずれも現地ギタリストらの協力を仰ぎ、本格的なソロ・リサイタル「Taka de Tokyo al cante」を敢行。絶大な反響を呼んだ事実も、ぜひ付け加えておかねばなるまい。殊にカンテの通人と称すうるさがたが集う、老舗ペーニャ(愛好家クラブ)での真っ向勝負。「ギターや舞踊ならまだしも、本物のカンテを外国人ごときが歌い通せるはずがない」が、スペインにおける固定観念。狭量な母国のプライドと偏見に少しでも風穴を開けられれば、彼の闘いも無駄ではなかったということだ。

実のところ彼は、寡黙というか……平たく言えば訥弁タイプ。自己アピールさえ苦手とするところで、深刻なカンテ披露の場でも、曲間のトークについ聞き手は和んでしまう。その純朴にして飾らぬ人柄が、日本語詞を得たオリジナル曲に、ちらり垣間見えるはず。
盟友の沖仁をはじめとするフラメンコ側のつわものたちに加え、今回はジャズ、サルサ&キューバ系、ブラジル系フィールドからも瞠目すべき面々が駆けつけ、Takaの新たな挑戦に力を与える。ゲストの小沼ようすけ、サポート陣の石塚まみ(Takaの姉上)、大儀見元、香月さやか、中路英明、等々……確固たる世界観を擁す名手揃い。彼らとの切磋琢磨が、実直な彼の闘いに有形無形の豊かさをもたらしていると、気づかされることだろう。
蛇足ながら、少しだけ楽曲に関する補足説明を。<1>ヘレスはサンティアゴ地区の仲間が集結。ソレアは、ブレリアの速度を落とした伝統曲種。ソレア・ポル・ブレリアとは、ブレリアの器に収めたソレア、といったニュアンスだ。<2>日本の初級フラメンコ女子が大好きな、セビージャ(セビリア)の祭り唄。華麗な衣装を纏い、歌いながら賑やかに踊る。<3>メキシコを代表するボレロの定番ソング。途中よりブレリアへと昇華する。<5>「テ・カメロ」はカロー語だそうな。スペイン語の「テ・キエロ(君を愛す)」に相当。<6>岩手県大船渡市出身の新沼謙治、87年の大ヒット曲。フラメンコのメリスマと演歌のこぶしが共振し、なんとも美しい。<7>アルゼンチンの母、メルセデス・ソーサの名唱で知られる。入水自殺した同国の女流詩人、アルフォンシーナ・ストルニの実話に基づく詩作。ここではほぼ原曲に忠実に、ピアノと歌だけの圧巻パフォーマンス。<9>言わずと知れた、祈り唄のスペイン語版。<10>ルンバは1950年代以降、フラメンコ内に定着。源流はキューバにあり。フラメンコでは"(新旧大陸)往復の曲種"と呼ぶ。<11>「一歩ずつ、日出づる国は再生する……」と、唯一スペインへ向けて、メッセージの矢が放たれる。

佐藤由美 Yumi Sato

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